烏丸半島試走

昨日は何かちょこちょこと忙しくて仕事にならない1日やった。全く一歩も前進しなかった1日。こういう日が一番アカン。

それは分かっているが、どうにもこうにも泥の中を歩いている感じ。歩いた事無いけど。

もう少しスカッとした1日にしたいものだ。

さて、昨日は日曜日のロング朽木EXのダメージが残っていてのんびりと帰ろうと思ったけど、やはりワンコ練になってしまった。

でも途中で、烏丸練の試走でもしとくかと思って行き先を烏丸半島へ。

新しいタイヤの感じを掴んでおきたかった。30km/hで走りながらカーブを曲がっても滑らないかどうか。

あとは走行ラインの確認。

タイヤは大丈夫そうだ。不安定な感じはないし滑りそうな気配も無かった。

走行ラインも何となく理解できた。でも、カーブは無理しないでおこう。

何周か走って感覚は掴めた気がする。自分なりの強度で、やけど。

20分走はNP233W。意外と回復していた。ビタミンB1のおかげか?

ちょうど20分走が終わる頃に、ここを練習場にしている人達の走行が始まってきたので、邪魔にならないように、帰宅。

それにしても速そうやったなぁ。

エヴァンゲリオンの映画の興奮がジワジワとやってきた。

ちょっと書いてみようかなと思う。超ネタバレあるので、まだ観てない人、ネタバレが嫌な人はここから下は読まないでください。

あと、ほぼ全てが俺の感想や推測なので、事実と異なる部分もある事は予め言っておきます。

さて、エヴァンゲリオンは元々TVアニメで放映されていた。簡単に言うとロボットアニメだ。

ロボットアニメというと、ガンダム/マクロスなどが有名なところだけど、それらとは明らかに一線を画したロボットアニメである事は間違いない。

ロボットというものの、エヴァンゲリオンはロボットらしからぬ動きをする。電源プラグが付いているので、電気が動力である事は間違いないのだけど、全てが金属で出来ているわけではなく、基本部分は生身になっている。

なので、ロボット特有のカクカクした動きは無いし、人間のようなスムーズな動きをする。

更に面白いのは、使徒との戦闘においてエヴァンゲリオンはほぼ毎回暴走する。暴走すると内部電力の残量など関係無しに動き続ける事ができるし、人間では制御不能となる。

ロボットとしての信頼性がほとんど無い、というのがエヴァンゲリオンが面白いところだ。

登場人物も特徴的だ。
キャラの特性を増やした感がある。

まず、シンジくん。
ここまで、ウジウジした主人公はエヴァンゲリオン以前では見たことがない。

ガンダムのアムロでもたまにはウジウジするけど、基本的には「強い精神を持った主人公」。シンジ君にはそれが全くない。どこまで行っても、我々と同じ感覚を持った人間として描かれている。

綾波レイはヒロインの一人だけど、ここまで感情が無いヒロインというのも珍しいのではないか?と思う。ほぼ無機質に描かれているが、シンジ君達と接する事で徐々に変わり始めていき、人間らしい表情を見せると、我々はグッとくるわけだ。

最後に我らがアスカ。このような人格の人は日常生活でもいるものだが、ツンデレという表現が出たのはこれが初めてではないだろうか?アスカの魅力は、エヴァンゲリオンを観る年によって変わる事だ。子供の頃はアスカよりも綾波の方が好きだった。まぁ、当然だろう。でも、歳を経ていくと不思議とアスカの方が好きになってくる。これはこのアニメを観る俺が成長したという事だと思う。ツンデレを許容できるようになった年になったということだろう。

ストーリーの序盤は使徒と呼ばれる得体のしれない何かから、人類を守るというものだ。ガンダムは人間VS人間やし、マクロスも基本的には意識の疎通が図れる者同士の戦いなのだが、エヴァンゲリオンはこの点も違う。使徒とは全く意思の疎通が図れないし、一体何故地球にやってくるのかすら、ストーリーの序盤では分からない。この辺は、ウルトラマンなどの特撮が好きな庵野監督の特徴なのではないか?と思う。

こう書いていて気付くのは、エヴァンゲリオンはウルトラマンとガンダムが合体したようなロボットだなという事。

電源プラグが抜けた後の活動限界までのタイムリミットがあるのも似ている。

ストーリーは終盤に向けてズタボロになってくる。誰一人としてハッピーエンドにならない雰囲気の中でシンジ君の精神世界に入っていく。

否定し続けてきた自分自身に対して、肯定的に変化して、最後は皆から祝福されて「ありがとう」で終わる。

サッパリ意味不明(笑

その後、映画が2本上映されて、それぞれ異なる結末だったように思う。(この2本はあまり見ていない)

そして、ヱヴァンゲリヲン序が2007年に公開された。
この序は、アニメ版エヴァンゲリオンの内容を踏襲したものとなっていて、映像はもちろん綺麗になっているが、内容はほぼ変わらない。

この時は、テンポ良く毎年公開されるものと思っていたから、特になんとも思っていなかった。

自作のヱヴァンゲリヲン破が2009年に公開された。
ここでストーリーが変わってきた。破というのは恐らく守破離の破という意味だと思う。

これまでのエヴァンゲリオンを破るという意味かな?と勝手に解釈。

最後、シンジ君は使徒を破って、綾波を助けて終了。自作が早く観たいと強く思った終わり方だった。

そしてヱヴァンゲリヲンQ。2012年公開。
これはひたすらシンジ君がかわいそうだった。

破の最後に「やりたいようにやれ」とミサトさんに言われてやったのに、気が付いたら長い年月が経っていて、周りは知らない人ばかりで、自分は人類の敵みたいなポジションになってしまっている。

誰からも何の説明ももらえないまま監禁。
さすがにこれは可哀そうだろ(笑

シンジ君でなくても鬱になるわな。

ヴィレを飛び出してネルフへ行き、カヲル君と出会う。
カヲル君の言う通りにやれば、皆が以前の様に戻ると信じてやってみたら、今度はカヲル君が「あ、間違えてた」みたな事を言いだして、更に状況を悪化させてしまう。

それで半分精神崩壊したまま終了。
ひたすらにシンジ君が可哀そうだった。

で、今回のシン・エヴァンゲリオンだ。
ヱヴァンゲリヲンからエヴァンゲリオンに戻ったのも面白い。何でだろう?

Qから今回までに10年の歳月がたっていた。
正直、庵野監督の状態から、もう完結しないだろうなと思っていた。

でも、途中シン・ゴジラとか作って気分がリフレッシュされたのかな?

ともかく、完結に向けて動いてくれたのは良かった。

ここからネタバレ。

映画の前半はほとんどシンジ君が精神崩壊したまま進む。
このウジウジ感は流石に観ているこちら側もイラっとさせられるほどだったけど、まぁ、当事者になったらああなるわな。

その間、ひたすらに黒波が可愛かった。萌え死にするところだった。

トウジもケンスケも生きていた。
トウジはヒカリ(委員長)と結婚していたのは良かった。

アスカがケンスケとくっついたのは少し驚いた。どうしたらそうなるのだろうか?と思ったけど、ケンスケの性格がアスカにとって良かったのだろう。まぁ、ツンデレと衝突せずに付き合えるのはそういう性格なのだろうな。どことなく加地さんに似た正確な気もする。

ストーリーははっきり言って、相変わらずさっぱり分からなかった。

ミサトさんは最終的には昔の感じに戻ったのも良かった。

最後はゲンドウの精神を浄化して終了。

その後の世界で、綾波はカヲル君と、シンジ君はなんとマリとくっ付いていた。へー、そうくるかぁ、と思って終劇。

一度、解説サイトを見ながら、全劇場版を観て、しっかりと理解してからもう一度観に行こうかな。

話は少しズレるが、27年間同じキャラクターの声をできる声優もすげぇなと思った。トウジとケンスケの声は流石に大人風に変えていたけど、その他は全然変わってない。声優という職業、恐るべし。


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